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小説と音楽と時々イラスト①

お疲れ様です。折草ですが、みなさんどうですか。

さて、先日例大祭14が終わりまして、前日当日含めてたくさんの人とお会いすることができて、僕としては楽しい思い出が作れて満足の限りです。途中、連れのもやし君にアクシデントがあったりして、めでたく音屋・ゲーム屋の方々から「ゴミクズ」の称号を得ていましたが、まぁ些細なことです。

前夜祭に参加したみなさん、当日スペースに足を運んでくれた皆さん、スペースに伺ったとき、温かく対応してくれた皆さん、打ち上げでお会いした皆さん。そしてその他多くのご助力を頂きました皆さんに、心から感謝を。





さて。次はおそらく紅楼夢での参加になるかと思うので、それに備えて今日から2・3の記事を書いていこうかとおもっています。
題して、「小説と音楽と時々イラスト」です。
今回は①ということで、主に小説について書いていこうと思います。もちろん、時々ほかのジャンルにも触れていきます。

さぁ、小説ですよ、小説。
僕は実は小説書きなんです。皆さん知ってました? BBQでツマミ作る人じゃないんですよ?

では、小説書きと言いながら、お前の小説よく知らねぇけど、どんなの書くのよ、って方のために、ざっくり今までの経歴とか含めて確認してみましょう。自分語りになりますが、「読んでやるよ仕方ねぇな」って方はお付き合いください。




結論からざっくり言うと、折草深色という小説書きは
ゆるふわポジティブメリバ系小説」を得意としているようです。

説明しよう! ゆるふわポジティブメリバ小説とは!

ゆるふわした文体で読者を騙しながら主人公たちはポジティブに話を終了させるのだが実はよく見ると誰かしら何か失ってたり死んでたり不幸な目にあってたりしてて読者はすなおに明るい気持ちになれないからすんげぇモヤっとした気持ちが残る小説だ! なまじっか文体がゆるふわで読みやすいから猶のこと咀嚼する暇が与えられないぞ!

で、具体的にどんなんなん? というトコにいこうと思います。

具体的にはこちら。

艦これ

東方

オリジナル


濃厚な「ゆるふわポジティブメリバ」がお好みの方は、「東方毒殺合同」に寄稿した「毒人形が生まれたのは、」などをご覧ください。
ツイッターでのご意見では「救われない話をゆるふわ文体で書くもんだから催眠術にでもかけられたような妖しい心地になった」(意訳)などございました。ご意見ご感想ありがとうございます。それを目指して書きました(

ゆるふわ文体は僕の特有のものなんですが、大本は「安房直子」「宮沢賢治」などの表現の影響を濃く受けているものと思います。また、言い回しなどはおそらく「京極夏彦」などからも影響があるように思います。

で、表現の手法として、「毒人形が生まれたのは」は、実は「催眠音声作品」のメソッドや語り口調をモチーフにしている部分が多くあります。「催眠音声」ってなに? って方は一度探してみてください。特殊ですよ。

なんで、催眠術にかけられたような心地、という点は非常に的を得た表現に思います。

試しにやってみたメソッドでしたが、楽しかったので今後も使っていきたいところですね。

では体系的にゆるふわポジティブメリバ小説について考えてみます。

まずゆるふわ
ゆるふわ小説といえば、ライトノベルだと「人生。」とか「生徒会の一存」とかがこれに当たるでしょうか。ふわっふわの空気と読みやすい文体。肩肘張らずに気楽に読める、ライトノベルならでは、という感じの空気を形成するものだと思っています。

あ、僕の小説はライトノベルではないですよ。別に中学生~高校生をターゲットにしているわけではないので。
ご存知の方も多いかと思いますが、ラノベって本来は中学生~高校生くらいのティーンエイジャーをターゲットにした娯楽小説なんです。
その意味合いでいえば、漫画の延長であり、どちらかといえば冒険活劇や恋愛モノといった「ダイナミックでセンチメンタルでコミカル」なものが「ラノベらしい」という認識です。
もちろん、「人生。」とかがダイナミックでセンチメンタルかと言われると、うーん、って感じなんですが、あれはどちらかと言えば最近のゆるふわ百合漫画の系譜だと思うので、まぁ「ゆるふわ」の系譜には違いないわけです。

ラノベラノベしてるラノベといえば「灼眼のシャナ」「ゼロの使い魔」とかが有名どころでしょうか。最近のだと「Re:ゼロから始める異世界生活」とかそれっぽいと思います。ハリーポッターもこの系譜ですよね。

ラノベではない、と言っておきながらラノベを引き合いに出したのは、僕の小説とラノベで共通するところがあるからで、それこそが「ゆるふわ」であるということですね。
この場合のゆるふわは「空気を形成する文体」と思ってもらえれば結構です。
ようするに「肩肘張らないで読める、読みやすく、平易な文体」ですね。
これの利点は読者がとっつきやすい、ということに尽きると思います。やりすぎるとバカっぽくなっちゃうんで、その辺賢そうに京極夏彦テイストとか入れたりしてるんですが。

で、次にポジティブ

読んでもらうとけっこうそういう話が多いのに気づくんですが、最近の僕の小説だと8割方「主人公は物語の結果に満足している」んですね。あるいは「自ら進んでその結果に辿り着いた」と。
どうしてこういう話になるのかというと、まぁぶっちゃけ「主人公が目的を果たすのが小説の一番作りやすい形だから」という。身も蓋もないですが。

小説を書いたことのある方はどっかで似たような話を聞いたことがあると思うんですけど、よく小説の書き方!みたいな本に書かれているのは「主人公に欠落を持たせ、それを得る過程を小説として描く」というメソッドがあると思うんです。
僕の最近の傾向はまさにそれですね。主人公が何かしら不十分であって、それを十分にするために奔走すると。
だから前向き(ポジティブ)なわけです。今まで歩いた道のりにないものが後ろ向きに探してもあるわけないので。
まぁ結果として、それを手に入れることで主人公は満足するわけですし、ね? ポジティブでしょ?

このへんについては拙著「カノンと眠れ」「河童が見た星」なんかを見て頂けたら幸いです。


最期に「メリバ

ぶっちゃけ、僕的にはうーん、って感じなんですけどね。読んでいただいた方からよく「救いのないハナシ」「お前またこんな不幸な話を」「この人でなし」とご意見を頂戴するので、「ああ、客観的には不幸なハナシなんだな」と思わなくもないという感じです。
だってさー、主人公が不足したものを得て満足してんだからハッピーエンドじゃん? って僕は思うわけですよ。そしたらマジキチトマトとかが「は? 寝言は寝て言って?」とか言うんですよ。ふざけたおしやがって(

なので、主観的な部分が
「ゆるふわポジティブ」

そして誠に遺憾ながら客観的な部分が
「メリバ」

となるわけです。だから個人的には
「うちの小説はゆるふわポジティブ小説です!」

と言い張りたいんですけどね。なんでやろなぁ……。

以上、つらつらと書いてみましたが、ざっくり傾向はわかっていただけたと思います。

……なに? わからん!?

なら俺の小説を読んで!

以上折草でした。
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